第2章
第9帖「葵(あおい)」~
第11帖「花散里(はなちるさと)」
時が経ち、源氏の父・桐壺帝が、帝の位を退任(譲位)しました。
新しい帝には、源氏の異母兄で、3つ年上の第一皇子・朱雀帝(すざくてい)が選ばれました。
朱雀帝は、優しく穏やかな性格の人物で、容姿・教養などすべての要素で自分よりも優れた異母弟の源氏にやや引け目を感じつつも、兄として、源氏に優しく接してくれる人物でした。
しかし、朱雀帝の母である弘徽殿大后(こきでんのおおきさき)は、源氏のことを快く思っていませんでした。
相変わらず藤壺に会えない日々が続いていた源氏は、新たに六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)という女性と恋仲になっていました。
御息所は、美貌・気品・教養・知性・身分など、どこをとっても素晴らしい女性で、源氏よりも年上の未亡人でした。
藤壺と会えない寂しさを埋めるように、源氏は御息所へ熱烈にアプローチをしました。
そんな源氏のことを始めは拒んでいた御息所でしたが、若く美しい源氏のことをだんだんと好きになってしまいます。
御息所が、源氏との恋に徐々に溺れていくのとは反対に、源氏はあれほど熱烈にラブコールし続けた御息所のことを、次第に「完璧すぎるから」と持てあますようになり、ついには御息所のもとへ会いに行くこともなくなってしまいました。
源氏の御息所への想いが薄れていく一方、一度火がついてしまった源氏への想いが増すばかりの日々を送っていた御息所は、一人苦しんでいました。
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そんな中、京都の夏の風物詩、葵祭の日のこと。
「源氏が葵祭を見物に加茂河原へやってくる」との情報を聞いた御息所は「源氏に一目会いたい」と身分を隠して車(牛車)を出し、加茂河原へと向かいます。
しかし、そこには 源氏の正妻であり、源氏の子を妊娠中の葵の上もやってきていました。
源氏の正妻である葵の上と、愛人の御息所の両陣営は鉢合わせとなり、見物の場所を巡って、従者や車どうしが激しくぶつかり合う大乱闘が起きてしまいます。
乱闘の末、とうとう御息所の車は、葵の上の従者たちによって壊されてしまいます。
一般客も大勢来ている往来で、散々な目にあい、御息所は「こんな屈辱を与えられたのは初めてだ!」と、葵の上を深く恨みました。
御息所の怒り・憎しみ・恨みは癒えることなく、葵の上への負の感情はどんどん大きくなり、とうとう生霊となって葵の上に憑りついてしまいます。
物の怪に憑かれ衰弱していく葵の上は、難産の末、光源氏の男児・夕霧(ゆうぎり)を出産するも、そのまま急逝してしまいます。
その後、自分の生霊によって葵の上を憑り殺してしまったという事実を知った御息所は
「このような恐ろしいことをしてしまった自分は、もう源氏に愛される資格がない…。源氏への想いを終わりにしなければ…。」
と決心し、京都での暮らしを捨て娘と共に伊勢で余生を過ごしました。
葵の上を突然失った源氏の悲しみが癒えぬ間に、源氏の父・桐壺帝も病気で亡くなってしまいます。
前の帝がいなくなったことで現在の帝 朱雀帝の母・弘徽殿大后の政治的な権力がどんどん強くなり、源氏の立場はだんだんと追いつめられていきます。
夫の桐壺帝を亡くした藤壺は、今後の自分の生活のことで源氏を頼りにしようと考えます。
しかし桐壺帝がいなくなったためか、源氏の藤壺に対する想いはあまりにも強烈でした。
源氏との間に身籠ってしまった子を産んでしまったとはいえ桐壺帝のことを愛していた藤壺は、このままではいけないと思い悩んだ末に桐壺帝の一周忌法要の後、出家し世俗と縁を切る道を選びました。
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さて、源氏との恋に振り回された女性たちが、それぞれ思い悩み抜いた結果、源氏のもとから去ることを決めた一方で源氏はというと…。
葵の上の喪が明けた頃、源氏が昔 須磨から連れ帰り育てていた紫の上は、美しい大人の女性に成長していました。
「この愛らしい紫の上を自ら美しい大人の女性に育て、そしてゆくゆくは結婚しよう」という野望の通り、源氏は、紫の上と婚姻します。
源氏に我が子のように育てられた紫の上は、「自分を娘のように育ててくれた源氏が、まさか自分のことを妻として娶るなんて…」とひどくショックを受けました。
また源氏には紫の上以外にも恋人がいました。
故・桐壺帝の妻の一人に麗景殿女御(れいけいでんのにょうご)という女性がいました。
この麗景殿の妹にあたる、花散里(はなちるさと)という女性です。
花散里は藤壺や紫の上に比べると容姿は普通に過ぎませんでしたが、非常に温和な性格で裁縫や染物にも長けた女性でした。
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紫の上との婚姻を済ませ、花散里との関係を続けながらも、源氏の色恋好きは収まることがありません。
源氏が2人の他に関係を続けていた女性に、朧月夜(おぼろづくよ)という女性がいました。
朧月夜は美しく今っぽい華やかな雰囲気の女性でした。
実はこの女性、源氏のことを疎ましく思っているあの弘徽殿大后(こきでんのおおきさき)の妹であり、当時の帝・朱雀帝に愛されながらも、その異母弟である源氏とも関係を持つ女性だったのです。
源氏が朧月夜と逢瀬を交わそうとしていたある日の夜のこと。
源氏は、朧月夜との密会の現場を、右大臣に抑えられてしまいます。
「当時の最高権力者である朱雀帝とお付き合いをしている女性に手を出していた!」という源氏のスキャンダルは、源氏を良く思っていない弘徽殿大后や、その息のかかった右大臣家の耳にも入ります。
当然、彼らの怒りはすさまじく、宮中での源氏の立場はますます危うくなっていきます。