第1章
第1帖「桐壺(きりつぼ)」~ 第8帖「花宴(はなのえん)」
いつの時代のことだったか―――。
時の最高権力者、桐壺帝(きりつぼてい)にとてもとても愛された、一人の美しい姫がおりました。
その女性は、桐壺更衣(きりつぼのこうい)と呼ばれ、美しい貴族の姫ではありましたが、貴族としての身分が低く、父親を亡くしていたことから、政治的な権力や財力を持たない姫君でした。
当時は、いかに良い家柄の貴族と結婚し、政治や貴族社会の中での権力や影響力をゲットするかが重視された時代。
何の力も持たない姫が、ただただ桐壺帝から愛されていることを気にくわない者も多く、桐壺更衣は、いつも他の女性たちから陰惨な嫌がらせやいじめを受けていました。
やがて桐壺帝と桐壺更衣の間には、まるで光り輝くように美しい男児が生まれました。
この皇子こそが源氏物語の主人公、光源氏(ひかるげんじ)です。
生まれた男児は「光る君(ひかるきみ)」と呼ばれ、両親からとても可愛がられましたが、その間も桐壺更衣への嫌がらせやいじめは収まることがありません。
とうとう精神を病んでしまった桐壺更衣は、桐壺帝と光る君を残し、そのまま病で亡くなってしまいました。
桐壺帝は深い悲しみにくれましたが、遺された皇子が政治闘争に巻き込まれることを恐れ、皇子を自分のもとから遠ざけることを決めました。
皇子は「源氏(げんじ)」という新しい姓を与えられ、以後 自らを光源氏と名乗るようになります。
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やがて、桐壺帝のもとに新しい妻がやってきました。
その女性は、亡き桐壺更衣の生き写しのようなとても美しい女性で、名前を藤壺(ふじつぼ)と言いました。
亡き母の面影を藤壺の中に見た源氏は、次第に藤壺のことを 父の再婚相手ではなく、一人の女性として恋い慕うようになっていきます。
12歳となった光源氏は、成人の儀式である元服(げんぷく)を迎えました。
成人したことで、源氏は当時の左大臣の娘・葵の上(あおいのうえ)と結婚をしましたが、自分よりも年上の葵の上に馴染むことができません。
どうしても葵の上を心から愛することができない源氏は、藤壺への想いをどんどん募らせていきます。
葵の上という妻がありながら、心の中では帝の後妻・藤壺を思い続ける一方。
まだ年若い源氏は、様々な女性との恋愛を謳歌し始めます。
時には恋が成就しないこともありましたが、その切なさや胸の痛みが、ますます源氏を恋の道へと走らせます。
源氏の失恋エピソードをひとつご紹介します。
源氏、17歳の夏。
源氏は乳母の見舞いに街中へ出かけていました。
乳母が暮らす屋敷の隣の垣根には夕顔の花が咲いていてとてもきれいだったので、源氏は「一つ頂けないか」と尋ねました。
すると垣根の向こうの住民は和歌で返答をしてきました。
その和歌は教養を受けた貴族でなければ詠めないようなハイレベルのものだったので、源氏は大変驚くとともに この和歌を詠んだ女性に一気に興味が湧きました。
それ以来源氏は、自分の身分を隠してこの女性のもとへ通うようになります。
彼女の名前は夕顔(ゆうがお)と言い、可憐な夕顔に源氏はどんどん惹かれていきます。
ある夜のこと。
その日、源氏は愛する夕顔に「今夜はとある寂れた屋敷で会おう」と約束をしていました。
約束の通り 寂れた屋敷で楽しく時を過ごしていた二人でしたが、突然 女性の霊が二人の前に現れました。
霊から恐ろしい言葉を告げられた夕顔はショックで昏睡状態となり、そのまま明け方に亡くなってしまいます。
急すぎる夕顔との別れを源氏は大変悲しみ、以後 夕顔の面影を見つけるたびに源氏の心はしめつけられるのでした。
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源氏、18歳の春。
熱病を患った源氏は、治療のために京の都を離れ、北山という山間部で療養をしていました。
療養中、源氏は一人の少女・紫の上(むらさきのうえ)と出会います。
紫の上は、源氏が恋い慕い続ける藤壺にそっくりで、とてもかわいらしい少女でした。
それもそのはず、実は彼女は、藤壺の姪にあたる少女だったのです。
紫の上は、幼くして母を亡くしていたので祖母の尼君(あまぎみ)に育てられていました。
源氏は、「祖母しか身寄りのないこの紫の上を、自らの手で育てたいのだ」と尼君や周囲に申し出ますが、全く相手にされません。
しかし源氏は諦めるどころか、かえって紫の上への想いを強くさせました。
源氏は、恋愛では障害があるほど燃え上がるタイプの男性だったのです。
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ちょうどその頃、「あの藤壺が京都の宮中から里へ帰省している」との知らせが源氏の耳に入ります。
藤壺のもとへと駆け付けた源氏は、とうとう藤壺と男女の関係を持ち、その結果、藤壺は源氏の子を身籠ってしまいます。
ふたりは罪の意識に苛まれますが、源氏は障害があるほど恋の炎を燃やすタイプ。この不倫関係に背徳感を覚えながらも、藤壺への想いをさらに燃え上がらせていました。
しばらくして「紫の上の養母であった尼君が亡くなった」との知らせを受けた源氏は、紫の上を連れ去り、ともに京の都へと戻りました。
源氏のもとで、紫の上は美しく健やかに育っていきました。
一方、藤壺は源氏との間に身籠ってしまった子の出産が近くなり、この関係が人々に知られてはいけないと思い、源氏のことを遠ざけるようになりました。
愛する藤壺に会いたくても会えない日々が続いたため、源氏は藤壺に似た紫の上のことをますます可愛がるようになり、正妻である葵の上との仲は疎遠になっていくばかりでした。
藤壺が男児を出産したその日。
生まれてきた皇子は、源氏に瓜二つの顔をしていました。
皇子の顔を見た藤壺は、恐怖しました。
「こんなにそっくりでは、この子の本当の父親が源氏だとすぐに知られてしまうのではないか…。もし知られてしまえば、私も源氏もこの子もただでは済まないはずだ…。」と…。
しかし藤壺と源氏の関係を何一つ知らない桐壺帝は、新たな息子の出産をただ純粋に喜ぶばかりでした―――。